機能解析

                    
ヒトのゲノムに担われていると予想される遺伝子の数は10万。しかし現在はそのうち 2000余が記載されているに過ぎません。また、現在記載されている遺伝的疾患は4000 ほどですが、その大部分はまだ原因遺伝子の研究に辿りついていません。しかし仮に これらが全て明らかにされたとしても、さらに厖大な数の遺伝子がゲノム研究からみ つかって来る筈です。これらの遺伝子は我々のからだが胎内で発達して来る過程で、 時と場所とに応じて作動し、あるいは成体となってからその健康の維持にかかわって 働くものです。どの一つが不調でも我々は恵まれた一生を全うすることができないだ ろう。ゲノム解析計画は究極において、これらの遺伝子全てを明らかにします。しか し、構造解析だけからこれに迫るには限界があります。例えば構造解析から遺伝子が みつかり、その働きで作られたタンパクの構造が予測されても、それがいつ、どこで 、どのように働くのかという情報は、そこから自然には導き出せません。

我国は、ヒトゲノム解析計画を設定するにあたって世界で最初にこの点に着目してcDNA 解析計画を重要な一つの柱として発足させました。cDNAとは、遺伝子が活動した産物 であるメッセンジャーRNAを、研究の便宜上、酵素を使ってDNAに作りかえたものです 。従ってcDNA解析計画は内容的にはメッセンジャーRNA解析計画、あるいは活動遺伝 子解析計画と言っても良いものです。

具体的には次の3つのアプローチをとります。(1)良質のcDNAライブラリーを作り、 それを分類、整理する方法論を確立する(2)できるだけたくさんのcDNAを集め、そ の全構造を記載する (3)体の異なる組織で、発達に応じて、あるいは生理状況の 変動に応じてどのような遺伝子が、いつ、どれだけ働いているかのカタログを作る。 このうち(1)はすでにほとんど完成に至りました。

cDNA解析計画はまた、ゲノム構造解析に有用なマッピング用のマーカーの提供や、ゲ ノムDNAの文字配列解析が進んだ時、そこに遺伝子を同定する最も確実な情報源とな るという別の用途もあります。このため、我国の提案後、英、仏、米などが同調して 来ています。昨今、大部分のcDNA研究は(2)のタイプですが、大量の文字配列を速 やかに決める技術が不充分なため、遺伝子の一部分の構造しか決めない「部分配列の コレクション」が少くありません。因みに、米国NIHの研究者が特許を申請して国際 的波紋を起こしたのもcDNAの部分配列のコレクションでした。 ところでメッセンジ ャーRNAの平均的サイズは2000文字くらいなので、解析技術が現状の約500文字から数 倍に改善されれば、このデータ収集は大いに能率が上がり、「ヒトゲノムDNAのなか で遺伝子部分の文字配列だけは全部解析できてしまった」と言える時期が到来するで しょう。(3)は今だに我国のユニークな貢献であり、人体の各組織で働く遺伝子の カタログを作り、その働きの量を測り、またその産物が組織に独特なものか、広く細 胞一般に共有なハウスキーパー的なものかを、数千の単位で決めてゆく「ボディマッ ピング」が国際的にも評価を受けています。

cDNA研究について当面強く求められているのは、より高速に、効率良く、活動遺伝子 の情報を組織ごとに集めて、「全活動遺伝子の情報を集め尽くした」と言える状況に 早く到達することと、集めた活動遺伝子がゲノムDNAのどこに由来するのかを決める 遺伝子の マッピングを強力に進めることです。