相互作用の概念

 では、現在の生物学には何が欠けているのでしょうか。それを考えるために、物理学と比較してみましょう。現在の素粒子物理学には図に示したように、標準理論とよばれる理論があります。その大きなポイントは、物質の一番下の構成要素である素粒子には、物質の構成粒子力の伝達粒子の二種類がある点です。つまり、物質をつくるもととなる粒子があるだけでなく、それをつなぎ合わせる力がなければ、自然界は存在しません。別の言い方をすると相互作用が重要なわけです。

 それでは、生物学の分野でゲノムの全塩基配列情報が明らかになったときに、たしかに遺伝子の部品はそろうわけですが、その部品をどういうふうに組み合わせると生命ができるかまで明らかにしたことになるのでしょうか。つまり、部品間の相互作用の情報がゲノムに全部入っているのでしょうか。これについては、生物学者の間でも意見(というより信仰)が分かれています。ゲノムには、遺伝子をいつどのように使うべきかといった発現制御情報も書かれていますので、ゲノムがすべてだと信じている生物学者もたくさんいます。

 しかし、私たち一人一人の人間が誕生して今まで育ってきたのは、ゲノムのDNAだけから出発したわけではありません。私たちは親の細胞から出発したのです。親から受け継いだものはゲノムだけでなく、細胞全体なのです。したがって、生命のシステム設計図は細胞全体に書かれていて、ゲノムはその一部にすぎないと見ることもできます。そもそも生命とはダイナミックな情報システムであって、ゲノムに書かれたスタティックな情報だけで理解できると考えるのは、ちょっと無理があります。