物質と情報

 生命には物質としての側面と、情報としての側面があります。人間は死んでしまえば自然に還るといいますが、私たちのからだをつくっている物質は、自然界に存在するほかの物質となんら違うところはありません。しかし、生命は生きている、ということは何かと考えてみると、これはやはり情報をもっていることではないでしょうか。

 科学には還元論の考え方があります。物事をつぎつぎと下のレベルに細かく見ていき、たとえば物質は原子からできている、原子は素粒子からできている、といった具合に自然界を構成する最も基本的な要素は何だろうかと探していくのです。そして、上のレベルの現象を下のレベルの原理で理解するのが還元論です。生命を情報の集まり(情報システム)だと思ったときに、情報にも階層がありますので、還元論的な見方ができます。その一番下のレベルにあるのが、分子または遺伝子の情報です。

   物質の世界

ヒト = 細胞の集まり
細胞 = 分子の集まり
分子 = 原子の集まり
原子 = 素粒子の集まり
   情報の世界

ヒト = 情報の集まり
     細胞の情報
     分子の情報
     遺伝子の情報

 20世紀後半の生命科学は分子生物学全盛の時代でした。その根底には「生命のはたらきは分子や遺伝子のはたらきとして理解できる」とする、まさに還元論の考え方があります。例えば「遺伝子の変異が分かれば病気の原因が分かる」あるいは「遺伝子の変化で生物種の進化が分かる」といった主張が行われてきました。還元論の究極の形として1980年代の終わりに始まったヒトゲノム計画では、「ゲノムすなわち遺伝子の全セットを明らかにすることは生命の設計図を明らかにすることである」と言われています。確かに遺伝子は生命を構成する基本部品です。しかしながら、すべての部品の情報が分かったとしても、すぐに生命のシステムを作れるわけではありません。部品をどのように組み合わせると生命のシステムができるか、その情報構築原理はまだよくわかっていないからです。

情報構築原理は分かっているか?