複雑システム

 生命はいわゆる複雑システムとして考えることができます。個別にみると単純な要素でも、それが多数集まると、お互いの相互作用とダイナミックな環境との相互作用により、複雑なシステムとしての振る舞いをする。これがまさに複雑システムの本質です。分子生物学が明らかにしたのは、あくまで生命の構成要素である分子または遺伝子の単純なルールです。それを集めればすぐに生命のシステム全体を理解できるほど、生命は単純なシステムではありません。

複雑システムの例
システム  要素  相互作用
タンパク質  原子  原子間相互作用
細胞  分子  分子間相互作用
脳・神経系  細胞  細胞間相互作用
生態系  個体  個体間相互作用
文化  人  人間相互作用

 ゲノムには少なくとも生命がもつすべての構成要素の情報が書かれているのですから、そこから実際に生命システムの再構築を試み、同時に生命システムの情報構築原理を理解していくアプローチが考えられます。生命システムとは、それぞれの生物が生命活動のために行っている情報処理のシステムです。つまり生物とはコンピュータのようなもので、外からの刺激に応答したり、内部のプログラムに従って変化したりするのは、何らかの情報処理の結果であるわけです。脳・神経系は最も高度に発達した情報処理装置ですが、何もこれに限らず、例えば大腸菌は栄養となり得る化学物質の方向に移動する走化性において、物質の濃度勾配を計算して鞭毛の回転方向の切り換えを行っています。それに関与する遺伝子や、遺伝子からコードされたタンパク質のネットワークも分かってきています。このような知識をコンピュータに蓄積し、そこから一般化された原理の解明によって、生命の複雑システムが解き明かされていくでしょう。