セントラルドグマ

 以上述べてきたように、生物の生命活動は、遺伝情報を担うDNAと遺伝情報が発現したタンパク質により維持されています。DNAの情報は複製(replication)されて、親から子へあるいは細胞から細胞へと伝えられます。また、細胞内ではDNA上の特定の遺伝子の部分がタンパク質に翻訳(translation)されて、細胞のはたらきが行われます。翻訳とは、4種類の文字からなるDNAの文字列を20種類の文字からなるタンパク質の文字列に変換することで、コドンと呼ばれるDNAの3文字を単位としてアミノ酸1文字に変換されます。64種類のコドンと20種類のアミノ酸および翻訳停止信号を対応づけるのが遺伝暗号(genetic code)です。この変換の際、DNAの情報は直接タンパク質に翻訳されるのではなく、いったんRNA(ribonucleic acid)に転写(transcription)され、RNAからタンパク質に翻訳されます。RNAについては、転移RNAやリボソームRNAなど異なる役割をするものもあり、ここでのRNAはとくにメッセンジャーRNAといいます。したがって、DNA、メッセンジャーRNA、タンパク質のあいだには、情報の一方向の流れがあることになります。クリックは1958年これを分子生物学のセントラルドグマ(central dogma)と名づけました。

 しかしながらその後、レトロウイルスとよばれる特定のウイルスでは、DNAとRNAの間に逆向きの流れがあること、すなわち逆転写(reverse transcription)の現象があることがテミン(Howard M. Temin)により予測され、逆転写酵素が1970年に発見されました。レトロウイルスはがん化やエイズに関連したウイルスで、遺伝情報をDNAではなくRNAの形で蓄えており、遺伝情報はいったんDNAに逆転写されて宿主のDNAに組み込まれ増殖します。ただ、ここでのRNAはゲノムRNAであり、上記のメッセンジャーRNAとは異なるタイプのRNAであることに注意します。

 さらに1977年には、転写されたRNAはそのままタンパク質に翻訳されるのではなく、イントロン(intron)部分を取り除き、エキソン(exon)部分をつなぎあわせる、スプライシング(splicing)の処理が、高等生物では広く一般的に行われていることが見いだされました。つまり、高等生物の遺伝子はゲノム上で一般に分断されており、核内でRNAへの転写とスプライシングが行われ、核の外に輸送されたメッセンジャーRNAをもとにタンパク質への翻訳が行われるのです。これはセントラルドグマの情報の流れに反するものではありませんが、RNAの転写後処理という重要なステップを、もちろんセントラルドグマは予期していませんでした。また、より限定された生物種の範囲ですが、転写されたRNAが削除以外に挿入・置換の変更を受けるRNAエディティング(editing)も見つかっています。RNAの転写後処理はゲノムから遺伝子への情報発現の分子機構として、進化的意味が隠されているようです。


参考資料