Genome Informatics News, Vol. 2, No. 1, January 1995

ゲノム情報科学者に期待する

村松 正實(埼玉医科大学)

 昨年7月富山で開かれた第4回ゲノム情報チュートリアルに出席させて戴いた結果、何か若手に期待することを書いて欲しいとの事である。真核生物の遺伝子の構造と機能を永年研究して来たものから見て、ヒトゲノム計画は越えねばならぬ一つの大きな山であり、誠にチャレンジングな計画である。この達成には分子生物学者と専門の情報科学者との協力が必須であることはヒトゲノムの大きさと複雑性を考えればすぐにでも想像がつくことである。先ず第一に、今後ゲノムや cDNA のシークエンシングが進むと膨大なシークエンス情報が現場で生産されるであろうが、これを編集して眞のゲノム情報にする過程でどうしても優れた情報処理が必要であり、それを具現したソフトが必要となる。 勿論この事情は遡って、シークエンスに用いる DNA 断片自身の assembly にも適用されるものである。この技術と、より経済的(人、金、時間の面で)なシークエンサーの開発によって初めてヒトゲノム計画は達成されるであろう。何しろ、今後10年余りで決定されるべき 3000メガベースのうち現在迄に何%決められたかを推測してみるとよい。極めて微々たるものであろう。先は気が遠くなるように長いのである。次に、シークエンス情報は機能的遺伝子の情報と結びついていなければならないことが重要である。このため cDNA の配列とその位置情報がゲノム情報に組み込まれなければならない。スプライシング、editing というような生物学的現象を十分理解していないと、これを行なうソフト作りも大変であろう。この意味で、情報理論と分子生物学の両方に通暁した科学者が是非とも必要である。ゲノム情報科学者とでも名付けようか。先日のチュートリアルでは、そのような若手の萠芽が感じられ頼もしく思ったことだった。願わくは、その数が格段にふえ且つ活躍の場が十分に与えられる環境を作って欲しい。
 最後に重要なことはこのようなゲノム情報科学者はヒトゲノム計画が終っても決して失業しないだろう、ということである。高等生物における遺伝子群の制御機構やそのネットワークの解明(これこそが21世紀の生物学の主要な目標の一つになるであろう)には益々コンピュータを用いた情報理論的アプローチが必要になるであろうからである。我々はこのような "soft biologist" をもっともっと育てなければならないのである。