ゲノム情報講習会−4年目を向えて−

1.文化が変わりつつある

 新しい技術が発展してくると、人々の考え方が変わる。そして、人々の考え方が変わると、長い間には文化が変わっていく。戦後、家庭電気製品が出てきたときに、人々の生活の仕方が大きく変化した。最近ではコンピュータゲームの登場で子供の生活様式も変化した。ほとんどの電気製品にコンピュータが組み込まれ、次々とインテリジェント化された。人の手をはぶき、生活を楽にすることが、大きな価値を持つようになってきたのだと思われる。また、携帯電話と小型通信端末の普及によって、若い人々を中心にコミュニケーションのあり方が大きくに変化してきた。50年前と比べると、人々の孝え方が大きく変わり、それに従って文化も変わってきたのである。
 こういう見方をすると、ヒトゲノム計画も人間という生物に対する見方を大きく変化させ、私達の文化を変えようとしている。例えば、ヒトゲノム計画によって遺伝子レベルでの病気の理解が進むと、従来不治であった病も、適切な対処法が開発されるだろう。今でもがんは難しい病気の一つであるが、ヒトゲノムが解明され、がんになりやすい体質が分かるようになれば、それを知って生活様式を変えることができるようになる。それだけではなく、様々な病気に対して発症のメカニズムに応じた治療が可能となる。そうすると人々も病気自体に対して冷静に対応することができるようになるだろう。このように、ヒトゲノム計画の発展は、やはり私達の文化を変える力を持っていると考えられる。
 このように文化が大きく変わる時代に大事なことは、正しい情報をできるだけ広めることである。つまり、教育である。変化の大きな時代には、情報を持つ人と持たない人の差が激しくなってしまう。そして、正しい理解がないところでは、新しい科学技術に対する強い抵抗感が生まれることがある。そして、根拠のない不安感もそれが大きな流れになると、新しい科学技術の推進が阻害されてしまうのである。中でも若い人に正しい理解を得てもらうことは、非常に重要である。それによって、次世代の科学技術の進み具合が決まるからである。ヒトゲノム計画は、まさにその典型的な事例なのではないだろうか。

2.ゲノムに対する関心は高まっている

 そうした考えから、私達は数年前から、次世代の担い手である高校の先生と生徒に対して、ゲノム情報の講習会を始めた。今年の講習会の特徴を一言で述べると、「ヒトゲノムに対する関心がようやく高まってきているようだ。」第一回の講習会は、金久重点が終った次の年度で、重点の発表の一環として行われた。最初の年は、参加者がどのくらい集まるか、まったく想像もつかず、同じ内容で2日間予定したが、20人余りの参加にとどまった。そして、会場を農工大から医科研のヒトゲノム解析センターに移した昨年でもその状況は変わらなかった。しかし、今年は申し込みの段階から少し違っていた。講習会では、先生と生徒に対して、まったく同じ講義と講習(イン夕ーネットによる生物情報の検索)を行ってきた。今年の申し込みの段階では、一つの高校から9名の生徒の参加があった。同時に申し込まれた先生の言葉よれば「参加希望者はもっと大勢だったが、3年生だけにするとか、思い切り絞って9人でした。」限られた高校ではあったが、若い人の関心が確実に高まっているということを強く感じる現象であった。

3.ゲノム情報講習会の感想

 高校の先生や高校の生徒が、ゲノム研究に対してどのように感じているかを知ってもらうために、講習会のときに取った感想のアンケートを以下に紹介する。
 参加者は50名余り、そのうち約4割は高校の先生、6割は高校の生徒であった。今回始めて生徒の人数が先生より多かった。男女別だと、先生の1/4が女性であったのに対して、女子生徒は生徒全体の3/5を占めていた。先生も生徒も、ゲノムや遺伝子、進化などにかなり強い興味があって参加していた。この企画を知った理由の1/5はインターネットを見たというものであったが、残りは案内のポスターによるものであった。

(1)参加の動機【先生】
・ 学生のときに分子生物(分子遺伝)学を学んだので、自分自身のこだわりがあったのと、授業に活用できる新しい情報や現在の研究の状況などを知りたいという理由から。
・ 20年前φx174、SV40のBase Sequennce がわかり、学生時代にこれが何を意味するものなのかを学んでいました。現状はどうなっているのか、という興味があって参加しました。
・ ヒトゲノム計画の実際を学べる貴重な機会であると思い参加しました。
・ NHKの人体シリーズ「遺伝子・DNA」(NO.2)の舞台となった医科学研究所を見学させていただけることに大変興味をもったため。
(2)参加の動機【学生】
・ 大学を受験する学年になり、将来どの様なことをしたいかと考えたら、「免疫」か「遺伝子」についてもっと詳しく、できれば研究職になりたいと思いました。高校生の段階では、最先端の研究所では何をやっているのかを知るのは困難ですが、この講習会で、どんなことをやっているのかを、そして、どんな施設があるとか何ができるかを知りたいと思い、参加しました。
・ 新聞などでよく聞く「ヒトゲノム計画」について詳しく知りたいから。
・ 学校で、ちょうど遺伝子についての授業をうけていた時だったから。
・ 生物が好きです。

 講習を受けた印象を一言にまとめれば、ヒトゲノム計画の進行状況が非常に早いことに驚いている様子がわかる。ただ、先生はよく内容を把握しているが、生徒にはいささか難解だったかもしれない。しかし、生徒にとって、先生と同じ内容の講義を聞くことに新鮮さがあったようである。

(3)講習全体の印象と講義の感想【先生】
・ 来年あたりにすべて読まれてしまうということを聞き、技術の進歩に驚きました。いよいよ最大公約数から特異性の分野に領域が移ってゆくことを実感しました。
・ 書物を読むことよりずっと身近に感じられたと同時に、ここまで進んでいる現状を知り驚きでいっぱいである。
・ 先端知識に触れることができた感激と、ゲノムデータベースが今後果す役割の大きさを予感した。
・ とても大がかりでたいへんである研究だと感じた。生物学の分野でありながら、そうでないような研究であるような・・・。まして、DBを使用しての解析はなかなかむずかしいと感じました。
・ ヒトゲノム計画におけるデータベースの重要性がよくわかりました。やはり「DNAの塩基配列を決めることがすべてで、またそれが決まりさえすれば機能も解明される」・・・というような誤解が高校生レベル(一般レベル)にはあるようですので、その誤解がとけて大変よくわかりました。
・ (講習で生物学に対する見方は)それ程大きくは変化していません。逆に機能をどうやって決定するのか。多くの実験者が、これから必要となることを感じました。遺伝子の機能は高校でもできるようになりませんかね?
・ 御三名の生物の講義は、各先生方のご専門とされる分野を担当されて話をして下さったので、分かり易かった。特に、ゲノムデータベースの概要と現状、今後の課題についての高木先生のお話は興味を持った。
・ 短時間であったので、生物に関する一般入門の内容も紹介していただければと考えた。2〜3日の連続講座も可能ならば、お願いしたい。
・ 奥の深い世界だと思いました。生命観をどう生徒に教えていくべきか。悩みはまだとけません。
(4)講義の感想【生徒】
・ スクリーンに映っている文字が、小さくて見えにくかった。先生と生徒が一緒だともともと持っている知識に差があるので、別々にしてほしい。質問の時等、先生どうしのやりとりさえよく分からない。
・ あまり知識のない私にとって多少難しい面もあったが、色々と勉強になった。高校ではここまで深く勉強しないと思うので、知識になり良かった。
・ ヒトのゲノムの文字を解析していくというイメージが「ヒトゲノム計画」に対してあったけど、生命化学全般に応用して利用することが可能になっていくこと、コンピュータによる情報処理が不可欠なことがわかりました。データベースとかインターネットとかは、学校では使わないし、授業でも全く聞いたこともなくて、初耳だったので、その有用性に興味を持ちました。
・ 講義を聞いていて、よくわからなかった所もあったけれど、先生達と混ざってきいている方がおもしろいものになると思った。
・ 私には少し、難しかった。でも、ゲノムについての研究がかなり、進んでいるんだなぁと思い、感心した。自分も、もっと生物を真面目に勉強しようと思った。
・ 内容は難しいけれど、初めてきく話ばかりで面白かったです。 ・ とてもよかった。ただ、先生方の研究している具体的な内容をもっと詳しく話していただけるとさらによかった。
・ 簡単な資料プリントを事前に配布していただけると、あまり専門的な知識がない者でも余裕をもって講義を聞けると思います。

 実習に入ると、生徒が生き生きしてくる。配列の検索だけではなく、タンパク質分子の立体構造を眺め、機能との関係を見るような実習もあり、生徒のイメージを刺激したようなのである。

(5)実習の感想【先生】
・ 初めての体験であり、興味を持った。タンパク質の立体構造等を検索する操作方法を習得できたが、他のデータベースの利用法もじっくり学びたかった。体験会としてはよかった。
・ とてもユニークな実習であり、中井先生ありがとうございました。英語の学習をしなくてはいけないと感じました。 ・ コンピュータにあまりふれずに今まで来たが、こんなに高度なことが手軽にできることにおどろいた。 ・ 一昨年は、農工大でお世話になり、全員が一操作ずつ同時に進んでいく方式で、初めての人には分かりやすかったと思います。今回はまた前回とは異なり、Gene Cardsというデータベースを利用した方法で遺伝子をさがす方式でしたので、探究的に楽しく学べました。よく復習をして、生徒と遺伝子をさがすことができたら素敵です。Rasmol は前回の時教えていただいた(授業で)ので、個人のパソコンに入れましたので、今日タンパクの構造のデータをファイルにとり、みられるかどうか楽しみです。
(6)実習の感想【生徒】
・3Dをぐりぐり動かすのは、さすがに楽しかった。
・タンパク質構造にはすごく感動した。(心の中で)コンピュータの能力に改めて感心した。英語が難しかったけど、専門的なページの見方がなんとなくわかった。家でも、開いてみたいです。
・ 説明が速かったので、ついていけない所もありました。しかし、後半の時間に日本語のゲノムの説明でとても詳しい所が読めて良かったです。英語の部分は読みにくい所もありましたが、いろいろと勉強になりました。コンピュータの便利さを感じます。
・ 非常に面白かったです。丁寧に教えて下さってありがとうございました。何をやっているのかよくわからなかったけれど、画像とてもきれいでした。
・ 楽しい。タンパク質の構造や結合が理解しやすかった。ただ操作が難しく、複雑だったのが残念です。
・ ゲノムに関する情報の量の多さに驚きました。英語だったので、もっとたくさん英語を勉強していかないと、これからは生きていけないと思った。
・ 立体構造のタンパク質を見れて、興味がわいた。インターネットの身近にゲノムの情報が引き出せるのは、画期的だと思った。
・ インターネットを使うのは始めてで大変だったし、英語も難しかった。大学に入るまでには、あの位の文書が読めるようになりたい。

 最後に、生徒にはまた講習があったら参加したいかということや、全般的な印象についての質問項目を答えてもらった。また、先生方にはこうした講習の意義などを聞いた。

(7)講習会全般の感想【生徒】
・(また講習があったら)ぜひ参加したいと思います。来年も開いてください。高校1,2年の時にさまざまな分野について知ることは、将来を考える上でとてもよい材料になると思います。
・ 最新の設備はみてもよくわからないこともあったけど、何か感動するところがあった。あと、スーパーコンピュータの能力には感嘆した。電気泳動の道具とかはしくみとかさっぱりわからなかったけど、研究室の感じがわかってよかった。
・ 実験をしている所をもっとよく見たかったです。女性の方が多くいらして驚きました。
・ できれば内容をもう少しわかりやすくしてほしい。生物の先生が聞いていてもためになるような話だと私にはついていけないと思った。でも、センター見学とかは楽しかったし、講義もわかるところはとても聞いていておもしろかった。
・ 今後、理論としてどのようなことの解明がもとめられているかとか、どのような“壁”があるのかを知りたいです。
・ コンピュータを使ったりしたので、新鮮な感じがした。今度は体験実験会などを開いたりはしないのですか。是非とも検討してください。
・ コンピュータを使った講習は、楽しく遺伝子の分野への間心が高まりました。施設や設備に感動!!
・ すごいみなさん親切でびっくりしました。がんばって勉強しようかなあと思った。
(8)講習会全般の感想【先生】
・ 生物に関する理解ががらっと変わったり、先端分野をリードしていく内容なので、世の中にコンセンサスを得るために行う意義はあると思います。
・ 高校生にとっても、教員にとっても先端技術を学ぶ、よい機会である。
・ 生徒と教師が同じ机を並べて、最新の科学を学ぶ企画はいろいろな意味で有意義だと思います。
・ このような講習会は大変意義があることと思います。特に生徒向け、ビジネスとしての研究だけでなく純粋にアカデミックな研究の意味のようなことを考える機会は、このゲノム計画にかかわらず、高校生にとって重要なことかな・・・という気がします。
・ ホームページの掲載内容がわかりやすいものになってきており、さらに教育的にも利用しやすいものになることを期待します。
・ ゲノムという言葉がふつうにマスコミに使われるようになった今、その成果を大々的に宣伝してほしい。それが今後の理科教育の発展につながると思う。
・ 核、エイズ、ゲノム、・・・と社会的なさまざまな主義主張の柱となりそうな内容なので、誤解、偏見なく、計画が進むことを望んでいる。
・ ヒトについて分かると共に、ゲノム情報がどんどん明らかになれば、オーダーメイド医療が可能になったり、我々に有役なことが多くあると思うので、データをより有機的に蓄積していくことは有効であると思う。もちろん個人情報の管理という倫理的側面の問題もクリアしていかなければなりませんが。
・ 遺伝病の治療に役立つなら、進んでほしいと思いますが、優生保護的意味での利用が行われることを懸念します。解明している人々(特に若い研究者の方々)の、この問題に対する考え方がわかる機会があればいいと思いました。
・ 研究室見学、スーパーコンピュータなど、一日のこの経験を教育現場に生かしていきたいと思います。ありがとうございました。

美宅成樹 (東京農工大生命工学科)