「ヒトゲノム計画とインターネット」講習会 (第3回)

《生物って何だろう?》 という副題をのもとに、1998年7月15日に高校・中学 の先生と生徒向けの講習会が行なわれた。この講習会は第3回を数えるが、今回は 大学(東京農工大学)の情報処理センターから医科学研究所のヒトゲノム解析セ ンターに会場を移し、ゲノム解析の現場の見学も行なった。プログラムは、講義、 見学、実習という3部構成とした。午前中は講義(美宅、高木、金久)を行ない、 ゲノムから見た生物、ゲノム計画におけるデータベースの重要性、ゲノム計画に おける新しい情報処理の流れなどを説明し、昼食後センターの見学、午後はWWWを 用いた生物情報処理の実習を行なった。講習会は、中学・高校の先生と生徒を対 象と考えていたが、実際に参加したのはほとんど高校の先生(15人)と生徒(12 人)であった。また、先生のほとんどが生物を専門とする先生だったが、2人が 物理と数学の先生であった。講習会の最後に、参加者全員に記述式のアンケート を書いていただいたので、この報告はアンケートを中心に構成することにした。

1. ゲノム計画に関係している者としては、一般の人々がゲノム計画をどのくら い知っているかということはまず聞いてみたい質問である。先生には「ゲノム計 画をご存知でしたか?」、生徒には「ゲノムについてどんなことを知っていました か?」という設問を用意した。【先生】先生の大半はゲノム計画という名前とある 程度の内容は知っていたが、講習会で認識が大きく変わったという感想が多かっ た。・ 大変すすんだのだなあと感じました。・ 単にゲノムの解析だけを行なう 計画だと思っていたが、利用も考えたよく練られたプロジェクトだということが 分かった。・ 「ただ単に、ヒトゲノムの塩基配列を物量作戦で決定していく」と いうイメージしかなかったが、それだけではないということが分かったことが非 常に役に立った気がします。・ スーパーコンピュータを使ったDB化も、良く知ら なかったので、大変参考になりました。・ かかわっている方々が人間的(?)だ ったので安心しました。DNA至上主義でないことが分かりました。・ 「情報」と いうKeywordを強く印象づけられた。【生徒】先生とは対照的に、生徒はほとんど ゲノムという言葉を知らないか、その言葉を聞いたことがある程度の知識であっ た。・ ほとんど何も知りませんでした。ただ、学校の先生の授業で、DNAの二重 らせん構造を発見したワトソンとクリックの一方が、このヒトゲノムの研究を今 やっていると聞きました。・ 遺伝子とかDNAっていうのと同じようなもので、 「人の設計図」であるというような認識でした。・ 初めて聞いた。ただ、ゲノム についてかなり知っている生徒もいた。・ ゲノムは遺伝子である。かずさDNA研 究所でラン藻の全塩基配列が解明されたことは知っている。

2. それでは、どのような動機で参加したのだろうか。【先生】大きく分けると 2つの問題意識があったようである。一つは、自分の自然探求、あるいは自分の好 奇心による参加である。・ ヒトゲノム計画に個人的に興味があった。・ どこま でDNAの中身、機能が解明されたか興味があったので。・ 「ヒトゲノム計画」に 実際に関わっている現場に来てみたかった。・ ヒトゲノムについてどれくらい解 析されているか興味がありましたので。それともう一つの動機は、授業の参考の ためにということであった。生物の先生が多かったのも、この動機が強かったの だと思われる。・ 生の現場を見て生徒にその様子を伝えようと思ったので、参加 しました。・ WWWの実習技術を学び、授業(生物II・産業社会と人間)に応用し たい。・ インターネットを授業やクラブ指導で活用するために、そのヒントを得 たいと思った。・ 授業で生徒に話す際の知識として、増やしておきたいと思った。 【生徒】生徒も二つの動機があるようだが、生徒の場合は自然探求の側面と受験 に関係した動機をあげている。・ 遺伝子の勉強を今、学校でやっているので、そ の最先端の研究所が見たかったため。・ 「ヒトゲノム」という名前だけはきいた ことがあり、何か大変な計画なのだろうとは思っていましたが、よくは知りませ んでした。ポスターで興味をそそられたので応募しました。・ 普段からこの分野 (ゲノムとインターネット)に興味があったから。・ 先生などがこのような講習 会にはなるべく参加した方がいいと勧められたからです。・ 理系に進むにあたり、 講習会などに出るように進められ、面白そうだったから。・ 大学に入ってから自 分でやりたいと思っていることと似ているので。

3. 生徒にはヒトゲノム解析センターを見学して興味を持ったことがあるか聞い たところ、感嘆の声が多かった。やっはり実際に現場を見せることは重要である。 中には「大腸菌はいけないものだと思っていた」とか、「国立はボロいと思って いた」というようなゲノム以前の認識不足もあったが、講習会にはそういう認識 不足を改善する効果もあるのだろう。・ スーパーコンピューターを実際に見学で きて感動しました。・ 1階のコンピューターがたくさん集まっている部屋を見て、 とてもすごいなあと思いました。"すごい"としか言いようがないです。・ コンピ ューターについてはよく分からなかったが、実験室を見学して将来自分もこのよ うな場所にいることを想像してしまった。がんばりたいと思う。・ コンピューター などがたくさんあり、すごいと思いました。それでもまだ人の手でやらなければ ならないこともたくさんあり、機械だけではないので、いいと感じました。・ い ろんな機械があって楽しかった。今までいけないものだと思っていた大腸菌を使 って調べるなんてスゴイと思った。・ ゲノム解析の手段を見せていただきました。 意外と単純作業……というか、自動化がすすんでおり、繰り返しの作業なのかな、 という印象でした。けれどもその地道な研究が大切なんですよね。建物はすごい ピカピカで、うちの高校に入って以来持っていた「国立の学校はボロい」という 認識を一新されました。

4. 講義の感想は先生と生徒でかなり違ったが、これは生物の先生とまだ学び始 めたばかりの生徒では知識の量が違うことが反映していたと考えられる。【先生】 先生と生徒が同じ講義を受けたことについて、・ 理科の教師と高校生を同時に対 象にしての講義だったので、(講師の方が)やりにくかったと思いますが、教師 レベルでは興味深く、分かりやすい内容でした。・ 生徒と一緒で、分かりやすか ったものの、もう少し深く話が聞きたかったです。企画者側が反省すべき側面と しては、・ 大変分かりやすく、資料も豊富で良かったです。できればレジュメが あると、流れが分かりメモも取りやすくなったのではないかと思いました。・ 高 校とタイアップした、高校生用(授業用)のDB作りも計画してほしい。しかし、 意見のほとんどはおおむね企画者を勇気づけるようなものであった。・ このよう な先見性を持ったプロジェクトを運営していく努力は大変なことだと思います。 大変参考になりました。ありがとうございました。・ ゲノムに対する認識が変わ ったと思います。細胞内外のネットワークの重要性が改めて分かりました。・ ゲ ノム情報学というものについて興味深く聞いた。【生徒】生徒には少し難しかっ たようであるが、生徒の感想をまとめると次のようなことになる。・ まあ難しく て分からないこともありましたが、とてもおもしろかったです。大人の人と一緒 に講義を聞けて新鮮でした。それと、実際に大学にいったらどうゆうことをどう ゆうふうにやるのか見れて、いい体験ができました。・ やや難しいところもあり ましたが、目からウロコ!の話も多かったです。参考図書を指定して当日までに 読んでおいてもらうといった手段なども考えてみてはいかがでしょうか。とにか く興味深かったという点では、先生も生徒も共通だったようである。

5. コンピュータによる実習の感想では、先生にも目からウロコ!というところ が多々あったようである。しかし、ホームページが英語を基本として作られてい ることから、生徒にはいささか戸惑いがあった。【先生】・ 非常に楽しませて頂 きました。立体構造がすばらしく、授業にぜひ取り入れていきたいと考えました。 ・ インターネットもたまにしか使う機会がないのですが、インターネットの利用 範囲が飛躍的に広がった気がします。・ (データベースは)大変すばらしい出来 で、感動しました。1人1台で、ビジュアルで、分からないこと(英語の単語等) も多かったが、先端の研究の雰囲気が感じられた。【生徒】・ とても楽しかった。 家などでも是非やってみたい。立体構造なんかはやっぱり自分でぐりぐりいじる からこそおもしろいのでしょうね。・ このデータベースはとてもすごい量で、作 った人に感心してしまいました。・ ほとんど英語だったので、英語力の不足に泣 かされた。もっと英語を勉強しなくてはと思った。これからは、英語が使えなく ては話にならないと思った。・ 英語で書いてあったから少しの単語しかわかんな かったけれど、立体映像、きれいでした。

6. 「ゲノム計画に対して、今後どのようなことを期待するか?」という質問を したが、この質問に対する答えは、それほど具体的なものはなかった。しかし、 ゲノム関係者としては、こうした一般の人からの期待には真摯に答えるように努 力すべきであろう。・ より多くの知識を発見されることを期待します。・ 情報 の公開を分かりやすく。・ 人間以外の動植物についても、珍しい遺伝子の解明を してほしいと思います。・ 医学への応用。病気の撲滅かな?・ コンピュータ上 に生物を再現する。・ 高校の授業で応用できるDB作り。・ 鎌形赤血球貧血症よ うな、話題として興味深く、比較的分かりやすい例があったら、紹介していただ くとうれしいのですが。そのような例を多数知りたいと思っています。または、 他の生物と人との類似性、相違点が比較されている部分の例も知りたいです。・ 遺伝子治療が進むことに期待しているが、倫理的な問題、才能判断など考えなく てはならない難しい問題が山積みとなっていることも忘れてはならないと思う。

7.「このような講習会は今後も行なう意義はあるか?」、「また参加したいと 思うか?」という質問に対する答えが、企画者にとっては、心配なところであっ たが、ほっとするような答えが多かった。【先生】・ 是非行なってほしいと思っ ています。次に機会があれば、生徒も連れてきたいと思います。・ ある! …… 多くの生物教師は、私と同じようにゲノムだけが分かっても意味がないと考えて いると思われます。そのような人々に知らせるためにも必要ではないでしょうか。 ・ 生徒にここで学んだことを伝えるつもりですが、多くの人に学ぶ機会を与えて いただけたらと思います。・ 是非行なってほしいと思っています。次に機会があ れば生徒も連れてきたいと思います。・ ヒトゲノム計画の情報を広げるという意 味で、講習会をやる意味はあると思う。研究の現場を生徒に見せることも意義が ある。・ 特に高校生に対してはとても意味があると思います。・ 来年以降も期 待しています。実験系の人の話も聞きたいです。【生徒】・ 今回は全然質問でき なかったけど、次にまたこのような講習会があったら、ちゃんと質問したいです。 ・ また参加したいです。是非。実際には色々こういう機会があるのかもしれませ んが、なかなか情報を手に入れることが難しいと思います。インターネットで、 研究機関等一括して「高校生のためのイベント」などというページを作っていた だけるとうれしいのですが……。・ ぜひ参加したい。(全員このコメントがあっ た)

8. その他・ 興味深かったのですが、私の基礎知識がまだまだ不足しておりま した。(ダウンロードの仕方もプリントしていただけると良かったのですが。) ・ もっと時間があれば、もっともっと良いのでは?・ 6月中に連絡を頂けると、 生徒の予定も(夏休みの)組みやすくなると思いますので、参加しやすくなると 思います。・ 「高校生向け」と「先生向け」はやっぱり別々にした方が良いので はないでしょうか?一日でヒトゲノムへの理解がすごく深まった気がします。・ 大学で少しでも今日のことを役立てていきたいと思います。まずは大学に努力し て入りたいと思います。・ どうもありがとうございました。

一般的な生物ブームは大学の進学動向を見ても明らかであるが、しかしゲノム という言葉はまだまだ知られていない。今回参加した人たちは、ゲノムに関心 を持って参加した人たちであるにもかかわらず、参加以前にはあまり内容を知 らなかったという感想を持っているように、一般のゲノムに対する認識はまだ まだ不十分だと思われる。特に、ゲノム計画の中で占めるコンピュータ技術・ ネットワークの役割は、ほとんど認知されていないようである。しかし、ゲノ ム計画が進み、成果が出されていくにつれて、社会に対する影響が次第に大き なものになってきている。現状でも、医学・薬学に関連するゲノム計画の応用 は非常に大きくなってきており、パブリック・アクセプタンスのための継続的 な活動が必要であることは間違いない。企画者としては、今後も同じような講 習会を少なくとも年1回は行なっていきたいと考えている。

(美宅成樹)