社会とゲノム研究の接点

[ゲノム研究の成果と社会]

 ヒト・ゲノム計画が世界的規模で始められたとき、研究の進展と共にその成果の利用が社会的に問題となる場合がいろいろと予測されました。「研究の中間段階で不治の病の診断だけができるようになったが、治療法はまだ確立しない時」にはどうすれば良い、将来個人情報がどんどん得られるようになった時、どのような注意が必要か、ヒトの遺伝子は特許の対象となるか等がその一部です。実際にこのような問題が起きる可能性が高まったときに社会が適正な対応をするためには、まず第一に正確な情報を持っていることと、問題を把握し、判断するために必要な能力を持つことが必要です。ヒトゲノム研究に限りませんが、一部のマスコミで興味本位に取り上げられるような似非科学や反現代科学を気取る人たちの影響力に比べると、残念ながら「まじめに」科学を進めている側からの発現や努力のもたらす影響はささやかなものに見えてしまいます。「研究」が社会に対して開かれていることの重要性が度々指摘されていますが、逆にいえば、それだけ「開かれていない」と感じられることが多いのかも知れません。象牙の塔はとうの昔に崩壊したはずですが、依然として科学を進める側からの努力が足りないことは素直に反省すべきで、科学の進歩の状況や最新の成果、それがもたらす利益や社会影響などについて科学を進める側から発現することに一層努力したいと思います。一方で、「若者の理科離れ」という、科学を進める側にとっては深刻な問題も生じてきています。社会教育というのは口幅ったい言葉ですが、国全体の将来を左右する重要な問題としてとらえていただきたいと思います。ヒト・ゲノム計画がプロジェクト研究として「すぐに役立つ成果」あるいは「科学にとって重要な成果」を期待するのは当然ですが、社会全体がこうした問題に対処するために必要な情報を提供することも本研究班が果たすべき重要な役割です。

[社会との接点を広げたい]

 このために、文部省のヒト・ゲノム解析研究班では予算の一部を充て研究組織を作るとともに、次のような活動を行ってきました。社会とゲノム研究の接点について、国内外の研究者による公開シンポジウム/ワークショップなどを開催するとともに関連出版物を発行し、この問題への社会の関心と理解を深める努力を進めてきました。また、ヒト・ゲノム計画そのものを社会に正しく理解してもらうため、ジャーナリストを対象としたチュートリアルを定期的に開催してきました。総括班で発行しているニュースレターは、研究班参加者のみならず、我国のゲノム研究とその周辺の人々との間にコミュニケーションの場を提供する我国唯一の定期刊行物であり、毎年開催するワークショップは開かれた研究会として広く活用されています。ヒトゲノムに関する情報は、人類全体の知的資産として共有されるべきものです。したがって、プライバシーに関する厳重な保護策を講じた上で、ヒト・ゲノム計画の成果は公開されるのが原則です。特定の国やグループで情報を独占するようなことがあってはならないのです。しかし、科学を進める側からの発現手段がきわめて限られていたのも事実です。研究成果は専門誌を通じて公表するのが大部分ですが、それらの出版物が一般書店で人目に触れることはまずありません、内容的にも専門家以外には難しいことが多いと思います。しかし幸いなことに近年のインターネットの発達と普及には目を見はるものがあります。残されているのは、情報を広めようという意欲と努力だけのようです。専門家向けですが、最後に、国内外の代表的なゲノム関連ホームページのアドレス、ならびに連絡先を紹介しておきます。