重点領域研究「ゲノムサイエンス」の目指すもの


[ヒトゲノムプロジェクトとはどんなことをするのか]
        どんな役に立つのか

 ヒトゲノムプロジェクトでは、西暦2005年頃までに国際協力のもとでヒトゲノムの担う遺伝情報のすべてを解読することを目指しています。生命の設計図であるゲノムを解読すれば、ヒトの体で起こっている基本的なプロセスは全て理解できるはずですから、癌、循環器系疾患、精神神経の問題、発達障害を始めあらゆる病気の研究は飛躍的に進歩し、病気の診断、治療、薬作りなどに画期的な変化をもたらすでしょう。ゲノム情報をもとに生体での全てのプロセスを理解するという同じ方法論は、多種生物にそのまま適用できるので、例えば農作物の品種改良などを合理的に進める基礎作りとなります。

[遺伝子ではなくて何故ゲノムなのか]

 ヒトゲノムプロジェクトでは、ヒトの持つ約10万種の全ての遺伝子の働きを明らかにします。しかしはぜ遺伝子研究ではなくゲノム研究と言われるのでしょう。それはこの研究が遺伝情報の構成成分を全て調べあげるだけでなく、それをもとに再び全体がどのように有機的にシステムとして働いているかを解明しようとしているからです。ゲノムは生命の設計図です。ゲノム研究は生物の個々の部品の働きだけでなく、設計図全体を理解し、生命現像全体を体系的に理解することを目指しています。この設計図を読むためには「遺伝子系の大規模解析」とそれがもたらす「遺伝子の構造と働きに関わる大量情報」を扱うことが不可欠です。このためには医学、生物学のみならず、最先端の分析機器の開発研究や情報科学など学際的な力を結集することが必要です。このように様々な技術や方法論を駆使してゲノムを読み、生命の基本プロセス全体を体系的に理解(また利用)しようとするのが「ゲノムサイエンス」です。ゲノムサイエンスの進展と共に、多くの生命科学の研究者はコンピューターの前に座らないと仕事ができないようになるでしょう。生命科学といえば飼育栽培、顕微鏡、試験管をイメージしますが、もう既にこれまでの姿とは確実に変わり始めています。これは組換えDNA技術に次ぐ、生命研究の第2の革命と言ってもよいでしょう。

[構造・機能・情報―ゲノム研究の三本柱―]

 ゲノムの解読にはまず(1)ゲノム全体に書かれていることを全て洗いだすことが必要です。具体的にはゲノムDNAのシークエンスを決定し、そこにある遺伝子やそれを制御している領域を全て明らかにすることです。次は(2)各々の遺伝子がどんなタンパク質を作り、それがどんな働きをしているのか、どのように発現制御されているのかを知ることです。そして最後に(3)各遺伝子が相互にどのように作用しあって働いているのかを理解し、それをもとに生命システム全体を再構築することを目指しています。
 現在はまだヒトゲノムについては最初の(1)の段階にあります。フランスのグループを中心にヒトゲノムの遺伝地図が作られました。物理地図もごく大まかなものは出来上がりました。我が国でも世界に先駆けて21番及び11番染色体の制限地図を完成しました。ゲノム地図をもとに遺伝学的手法を使っていくつもの疾患遺伝子が明らかとなりました。我が国でも大腸がん抑制遺伝子、急性骨髄性白血病遺伝子、マチャドジョセフ病(神経難病の一つ)の原因遺伝子、ウェルナー症候群(早老病)遺伝子(日米協力による)など、いくつもの疾病遺伝子が発見されました。
 地図作りと平行して、遺伝子のカタログ作りもmRNA(cDNA)の部分配列(EST)をもとに進展しました。これから西暦2003年を目標に、ヒトゲノムの全シークエンスの決定と全遺伝子の完全なカタログ作りがすすめられるようとしています。これによって極めて多くの疾病遺伝子がこれから数年以内に発見されるでしょう。重点領域研究「ゲノムサイエンス」でも、21番染色体や11番染色体のほかにいくつもの病気と関係する領域のシークエンス解析を進め、病気に関係する遺伝子を中心に多数の新しい遺伝子の発見を目指しています。またcDNAの完全長のものを次々と取り出す予定です。酵母や枯草菌では、ゲノムシークエンス決定が終了あるいはほぼ終了し、第2ステップに入っています。重点領域研究「ゲノムサイエンス」では、これらの生物の遺伝子を一つ一つ破壊してどんな働きに変化が現れるかを調べる研究が進められつつあります。またヒト(やマウス)及び線虫という実験生物を対象に、どの遺伝子がいつ、どこで、どれくらい発現しているかを調べる我が国独自のアプローチも強力に推進されています。
 ヒトゲノムプロジェクトでは最終的に30億の文字配列を決定し、60兆の細胞で働く約10万の遺伝子の質・量とその相互関係を記載することになります。これは膨大な情報量となりますので、それを処理し、知識情報化しなければプロジェクトは有効な成果を生みません。我が国のヒトゲノムプロジェクトではその当初から生物情報科学の発達を促し、国内はもちろん国際的にもリンクしたネットワークを作り、ゲノムデータベースを協力して作り上げてきました。重点領域研究「ゲノムサイエンス」ではこれをさらに進展させ、ゲノム研究の成果をこれまでの医学、生物学の知識と関連づけて体系的にまとめるデータベース作りを進めています。またヒトゲノム30億文字の中からコンピューターで有用な情報を抽出する方法の開発も進めています。これらは生命の基本プロセスをゲノムをもとに体系化するために不可欠のものとなります。
 これらゲノムの構造、機能、情報に関する研究については、次頁以下により詳しく紹介されています。