生物機能の謎

 私たちの身体で最も神秘的な部分は脳です。私たちが何か考えるときに働いているのは脳であり、身体の他の部分の感覚や動きを制御するのも、最終的には脳です。そのために神経細胞は非常に長い突起を伸ばし、信号のやり取りのためのネットワークを作っています。細胞によっては、数10センチメートルも先の細胞にまで突起を伸ばして正確に信号を送っています。例えば、目の網膜には、光を受ける視細胞と同時に、視神経が並んでいます。大脳の視覚野は後頭部にありますから、視神経ははるばると後頭部に向けて突起を伸ばしていかねばなりません。この時、突起の道筋にあたる細胞の表面に道しるべのようなタンパク質が発現しています。視神経が突起を出すのと時を同じくして、道筋にあたる細胞にスイッチの調節タンパク質が働き、道しるべのタンパク質が合成されるようになっているのです。視神経の突起はそれをたどることによって、正確なネットワークを作ることができるわけです。
 インシュリン
  トリオースリン酸異性化酵素
 ポーリン
  ロイシンジッパー
 スイッチ、道しるべ、ついでに言えば、神経の信号を発生させるチャネル、視細胞で光を受ける受容体など、機能している分子はすべてタンパク質です。スイッチとして働くタンパク質は、DNAのある特定の文字(塩基)配列のところに結合するタンパク質です。このタンパク質がDNAに結合すると、DNAのその部分に隣り合う遺伝子が働かなくなります。遺伝子が働くには、特別の読みだし装置がDNAに結合して、そこにある文字配列を読んでいきます(それに従ってRNAを合成していきます)。しかし、スイッチのタンパク質がDNAに結合していると、レールに物を置くと列車が動けなくなるように、読みだし装置が文字配列を読むことができなくなるのです。一方、道しるべのタンパク質は、細胞の表面にあり、細胞膜の中に埋め込まれています。そして、隣の細胞にある同様のタンパク質と結合する性質があります。これによって、細胞集団の自己組織化が行われているのです。また、神経の信号は、細胞の内外に発生する電気信号です。細胞は一種の電池になっていて、細胞内がマイナス、細胞外がプラスになっています。細胞膜にあるチャネルというタンパク質が働くと、膜内外の電圧が反転するのですが、それが信号となって神経を伝わっていくのです。網膜にある視細胞の光受容体は、光を吸収することのできるタンパク質です。光を吸収すると、このタンパク質は少し構造を変え、電気信号を発生するための反応を開始させます。
こうしてみると、タンパク質は本当に色々なことができる働き者ですが、どうしてこんなことができるのでしょうか?一つ一つのタンパク質についてみても、まだ分からないことだらけです。ただ、概念的に言えば、タンパク質はその働きをするのに最適な構造をしています。スイッチ、道しるべ、チャネル、受容体………。それぞれの機能を果すのに適切な姿・形をしているのです。さらに立ち入って、「なぜタンパク質の形ができるのか?」と問われれば、それはまだ謎だとしか答えられません。ヒトの10万種類のタンパク質についてアミノ酸の文字配列がすべて分かったとき、この疑問が非常に大きな問題として、クローズアップされてくると考えられています。