あなたはヒトゲノムという言葉を知っていますか?

 ヒトゲノム、あるいはゲノムという言葉はすでに色々なところで使われていますが、この言葉は21世紀に向けて、ますます重要な言葉になりつつあります。私たちの健康を脅かす病気のほとんどは、何らかの意味でゲノムと関係しています。ゲノムいうのは、細胞が持っているDNAとそれに書き込まれたすべての遺伝情報のことです。ある病気はそれにかかっている人自身のゲノムの変化によって引き起こされます。また、他の生物(例えば微生物)のゲノムが作りだす毒素などが原因となって病気になることもあります。いずれにしても、何らかの生物のゲノムが原因となって、私たちヒトの病気が起こることが非常に多いのです。この事実を見るだけでもゲノムの重要性は明らかでしょう。

ゲノムの本体である染色体の蛍光顕微鏡写真  具体的な例を挙げますと、大腸菌O157による食中毒の流行が、1996年夏に吹き荒れました。この病気は大腸菌のゲノム(正確には大腸菌にかかるウイルスのゲノム)がヒトに引き起こす病気です。大腸菌O157に潜り込んでいるウイルスのゲノムはベロ毒素というタンパク質を作るための情報を持っています。そして、このウイルスはベロ毒素を作った後、大腸菌を破壊してしまいます。そうすると、私たちの身体はベロ毒素にさらされることになり、食中毒の症状を引き起こすわけです。
 高齢化社会となって、話題になっている病気に、アルツハイマー病があります。この病気の原因はまだ完全には明らかになっていませんが、ヒトのゲノムの中に原因の一部があることは間違いありません。大脳の中にアミロイドというタンパク質が蓄積されて、脳細胞が死んでいくと言われています。アミロイドを作る情報は、もちろんヒトのゲノムの中に書き込まれていますし、それを蓄積してしまう原因も何らかの形でゲノムの中に書き込まれていると考えられます。O157とアルツハイマー病というまったく異なる2つの病気が、いずれもゲノムに原因があるのです。
 ゲノムはただ病気と深い関係があるばかりではありません。私たちヒトを始めとしたすべての生物は固有のゲノムを持っており、生物の姿・形を作る情報がゲノムの中に書き込まれています。そして、生物科学の長い歴史の中で始めて、私達はゲノムの中に書かれているすべての情報を読み出すことができるようになってきました。それを強力に推進しようとしているのがヒトゲノム計画です。今や「ゲノム」は生物科学の中で最も重要な言葉となっています。「ヒトゲノム」あるいは「ゲノム」という言葉とその意味を是非皆さんにも知っていただきたいと思います。